映画【シャイニング】~巨匠キューブリックのホラーは実話に基づくのか?
ホラー映画の名作のひとつと言われるスタンリー・キューブリック監督の「シャイニング」。原作はアメリカの現代ホラー小説の大家、スティーブン・キングです。(偶然にも二人のイニシャルが同じS・K)
映画を見終わって湧き上がる疑問。それは、次のようなものではないでしょうか。
1.実話に基づくものなのか?
2.映画と原作との違いは?
3.どのように撮影されたのか?
この記事はこれらの疑問を解き明かしていきます。読み終わったあとは、「へ~そうだったんだ」と映画の味わいが増すこと請け合いです。
まず、映画の内容を忘れてしまった人のために、簡単なあらすじを書いて置きます。(ネタばれ注意。必要がない人は、読み飛ばしてください)
妻と幼い息子がいる小説家のジャックは、冬の間、閉鎖される山奥のある巨大ホテルの管理人となる。なかなか執筆が進まずストレスがたまるジャックは、ホテルに潜む悪霊たちにとりつかれ、1970年に管理人をしていた男が犯した妻子殺害を繰り返そうとする。一方、息子のダニーは、シャイニングと呼ばれる予知能力によって迫りくる危機を察知する。妻のウェンディは息子とともに、追いすがるジャックを振り切って逃げる。追いかけ疲れたジャックは、屋外の巨大な迷路の中で凍死する。
映画「シャイニング」~キューブリックのホラー映画は実話に基づくのか?
残念ながらこの映画は、実話をそのまま映像化したものではありません。しかし、原作者キングの自伝的な要素が含まれる内容になっていることは間違いありません。
物語はキングの経験に基づく2つの要素によって構成されています。
A.アルコール中毒時代
B.妻子と訪れた山中のホテル
A.アルコール中毒時代
キングは駆け出しの小説家の時代、アルコール依存症に悩まされていました。その時、最も心配していたのは・・・
「酒に飲まれて妻子を傷つけるのではないか」
つまり映画の主人公のジャックは、キング自身が投影されています。ジャックは、悪霊にとりつかれていますが、それはまるでアルコール中毒の患者のようです。自分のコントロールが効かないまま、執筆が進まないストレスを家族にぶつけようとする。
キングは「シャイニング」を書いてしばらくしてから、「自分自身のことを書いていた」と認めています。つまり、家族を自覚のないまま傷つけてしまうという「恐怖」が土台になっているわけです。
B.妻と訪れた山中のホテル
ストーリの舞台となるのは、コロラド山中のホテル、オーバールックホテル。キングが「シャイニング」の発想を思い立ったのが、同じようなホテルに妻と訪れた時だといいます。
キング夫妻が泊まった時、ほかにホテルの客はいませんでした。なぜなら、翌日からホテルは冬の閉鎖期間に入ることになっていたからです。
滞在中、キングはホテルの中を探索しているとき、こう思ったといいます。
「このホテルは幽霊話にぴったりだ」
それを決定的にしたのが、その夜にキングが見た夢でした。夢の中で、3才の息子が廊下を駆け出したと思ったら振り向き、目を大きく見開いて叫んだのです。彼は消火ホースの追いかけれれていたのです。
キングは、激しいけいれんと共に目を覚ますと、寝汗をびっしょりかいていました。
映画「シャイニング」は原作と違うのか?
原作小説から作られた映画で気になるのは、原作との違いです。「シャイニング」の場合、物語の流れ自体はおおむね原作に沿っていますが、
原作者のキングは、映画を嫌っていました。
その主な理由を一言で表現すると、「夫と妻を描き切れていなかった」ということでしょうか。キング自身も、映画を「エンジンのないきれいな車のようだ」と揶揄しています。具体的に説明しますと、
小説の夫・ジャック(キングの分身)は自分がおかしくなるほどに、家族への思いやりが募り、最後は妻子を逃がそうとする。しかし、映画のジャックはただの殺人鬼になるだけ。
小説の妻・ウェンディは、しっかり者で息子を力強く守るが、映画のウィンディは、ただただ恐怖のあまり悲鳴をあげて逃げ惑うだけ。
また、描写的に大きな違いが、ラストシーンにあります。小説では、最後、ジャックは炎上するホテルに閉じ込められますが、映画ではジャックは屋外の迷路で氷付きます。
そもそも撮影が始まる前に、キングとキューブリックは仲たがいをしていたようです。なぜなら、キューブリックはキングが書いた脚本を拒否して、別の小説家の協力を得て自分で脚本を書いたのですから。
重苦しい雰囲気を生み出した撮影現場
一般のホラー映画に比べると、いわゆる「脅かし演出」が少ない「シャイニング」ですが、映画全体に重苦しい雰囲気が漂っています。
撮影の裏話を調べてみると、その原因がキューブリックの完璧主義に基づく撮影スタイルにあるように思えてきます。そのいくつかをご紹介しましょう。
驚異のNG回数
キューブリックは、俳優に対し妥協を許さない監督として有名です。「シャイニング」でも、俳優はそのスタイルに苦しめられました。
その最も悲惨な犠牲者となったのが、ホテルのコック、ハロラン役を演じたスキャットマン・クローザースでした。例としてよく紹介されるのは、ハロランがダニー少年に「シャイニング」の話をするところです。
この時、ハロランとダニーの2ショットのテイク数は88テイク。そしてハロランのクローズアップのテイク数は、なんと148テイクに及んだそうです。
ミュージシャンでもあるクローザーズがもすごいですが、ダニー役のダニー・ブラウンは幼いに大したものです。そして、あのハロランの意味ありげな異様な表情は、脳と体の疲弊によって生み出されたと言っても良いかもしれません。
最新の撮影技術を酷使
シャイニングの印象的な映像のひとつが、ダニーが三輪車でホテルの廊下を走り回る姿を、スムーズなローアングルでとらえた映像です。
これは、ステディーカム(steady=安定した)という撮影器具による映像で、移動撮影をスプリングなどで吸収し、画面に振動が伝わらないようにしたものです。
ステディーカムは、1975年、カメラマンのギャレット・ブラウンによって発明されました。この器具を気に入ったキューブリックは、シャイニングで使うことにしました。そして、ブラウンを撮影所のあるロンドンに呼び寄せたのです。
屋外の迷路でダニーがジャックを追いかけ回すラストシーンでも、ステディーカメラが使われました。その時、撮影は長時間にわたってそうです。なぜなら、ギャレットが逃げるダニーを何度も見失ってしまったからです。
そうした苦労の末に撮影されたスムーズな映像は、映画の不気味さに貢献していると言っていいでしょう。
役に憑りつかれたジャック
物語が進むにつれて悪霊に憑りつかれていくジャックを演じるのは、名優のジャック・ニコルソンです。彼は、心身ともに役柄に身を投じる演技方で有名なニューヨークのアクターズ・スタジオの出身です。
彼はジャック役になりきるために、撮影以外でも様々な努力をしたようです。
「シャイニング」のようなハリウッド映画の撮影の場合、彼のようなスターは高級ホテルの部屋で宿泊するのが普通です。ところが、ニコルソンはセットの遠くに駐車した車の中で寝起きしていたそうです。演技ではなく、本当のストレスを感じたまま撮影に望みたかったのでしょう。
また何を考えたか、撮影に入る前には、2週間、大嫌いなチーズサンドウィッチしか食べなかったとか。これが何の役に立ったのか分かりませんが。
監督の女優いじめの真意
妥協を許さないキャーブリックと役者の関係は必ずしも良くなかったようです。異常な回数の取り直しも、その一因になっていたのでしょう。
そんな監督の一番の犠牲になったのは、妻ウェンデイを演じたシェリー・デュヴァルだったと言われています。彼女は何回やっても監督の要求にうまく答えられず、挙句の果ては体調に異変がきたす程になりました。
監督のデュヴァルへの指導は、周りが見ていても異常に厳しものであったようです。撮影現場の撮影を唯一許されたキューブリックの娘によるドキュメンタリーでも、クルーに対して「シェリーに同情なんかするな」と言っている場面があります。
ニコルソンに対してには敬意を持って接していたというキューブリック。「ディヴァルにキツく接することで、役のウェンデーと同じような不安を抱かせようとした」という作戦だったかもしれません。
長期に及んだ撮影
完璧主義者のキューブリック監督により、撮影はスケジュールを大きくオーバーしました。それを思わせるエピソードもいろいろあります。
“All work and no play makes Jack a dull boy”
(仕事ばかりで遊ばないと、ジャックは退屈な少年になってしまう)
例えば、ジャックがこの同じ文章をタイプした数百枚とも思える原稿。これはコピーしたものではなく、キューブリックのアシスタントが何か月もかかって一枚一枚、タイプしたものでした。
また、映画のハイライトシーンのひとつ、大量の血がエレベーターからあふれだす場面。撮影した回数は、キューブリックとしては奇跡的な3回で済みました。気に入らなかった血の色も、フィルムを色調整して直すことで解決。しかし、血の吹き出す感じが今一つといことで、セットを建て替え。OKショットを取り終えるまで1年がかかったのです。
こうして1年以上続いた影響を受けたのは3つの大作でした。それらは、1981年のアカデミー監督賞の「レッズ」、スティーブン・スピルバーグの「レイダーズ~失われた聖櫃」(1981年公開)、そして「スターウォーズ~帝国の逆襲」(1980年公開)でした。
斯くしてシャイニングはホラーの名作に
波乱にとんだ「シャイニング」の舞台裏。強烈なキューブリックの演出術で、現場は重々しい雰囲気に包まれ、それが作品全体に独特の恐怖感を植え付けていると言えそうです。
原作者のキングに嫌われているにもかかわらず、映画は大ヒット。全世界での興行収入は約4600万ドルに達し、キューブリックはホラー映画でも名監督という評価を得ることになりました。。
ちなみにキングは、自分版の「シャイニング」をテレビ映画(1997年)として制作して、しっかりリベンジ。また続編「ドクター・スリープ」が、ユアン・マクレガーの主演で2019年に公開されました。■
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