【なつぞら】をもっと楽しむ方法~創作の中の事実

【なつぞら】をもっと楽しむ方法~創作の中の事実

後半になって東京の東洋動画を中心に展開する朝ドラ「なつぞら」。9月末のゴールに向かって、主人公・なつの仕事と恋愛を中心に盛り上がりを見せています。その一方で、話の展開は朝ドラに強いられている限界を超えられず、このまま“安全運転”が続くと思われます。(朝ドラが抱える限界については、下記の記事をご覧ください)

【なつぞら】はこれ以上、面白くならない?~【朝ドラ】の限界

主人公のなつは、ほぼ間違いなく東洋動画の同僚でイケメンの坂場と結ばれますし、なつが最後に携わるアニメ映画は大成功するでしょう。そして最終回、なつは人生の手本にしてきた泰樹に、「私も爺ちゃんみたいに、開拓魂をつらぬいたよ!」などと涙を流しながら報告するのではと予想します。(それが泰樹の遺影の可能性もありますが)

ただ、予定調和で真面目なストーリーに加え、「なつは良い人で、周りも良い人ばかり。今一つ楽しめない」と、不満を感じている人もいるのではないでしょうか。そこで今回はそんな人のために、見方を変えることによって「なつぞら」を楽しむ方法をご紹介します。

「事実」をどう扱うかがカギ

事実を基にフィクションを作り上げる作風は、映画やドラマには欠かせない一つの方法になっています。NHKの朝ドラも長年、この方法で制作されてきました。今回の「なつぞら」も例外ではありません。

この手法を取る際、登場人物のモデルにする実在の人物をめぐる事実を、どの程度取り入れるのか。さらに、それを伝えたいメッセージや「起承転結」に合わせてどうアレンジしていくのかが、重要になります。しかし、一方で時代背景と社会の流れを無視することはできません。逆にこの辺りのさじ加減が、脚本家を含めた制作側の腕の見せ所になります。

視聴者にとって、純粋に物語を楽しむことに加え、制作側が抱えるこういった舞台裏の課題に思いをはせるこで、ドラマを2倍楽しめることになるのではないでしょうか。

主人公は、なぜ「なつ」になったのか?

1910年代に誕生した日本のアニメは、戦時中の戦意高揚を目的とした作品を経て、1956年に発足した東映動画(東洋動画のモデル)で大きく成長しました。そういう意味で、なつは日本アニメの大きな転換期を象徴する人物として描かれています。

なつのモデルになっているは、奥山玲子さん(1935~2007)。東北大学教育学部を中退後、上京して東映動画に入社しました。そして「白蛇伝」(ドラマでは「白蛇姫」)の製作に携わりました。

なぜ彼女がモデルになったのか?

それは、今回のアニメ時代考証を務めている 小田部羊一さん(1936~)が、奥山さんの夫であることが大きいと思われます。普通に考えれば、大沢麻子のモデルであった中村和子さん(1933~)を主人公にする方法があったはずです。

なぜなら、彼女は奥山さんと同じように東映動画で「白蛇伝」に参加し、退社後は歴史的なテレビアニメ「鉄腕アトム」を手掛けた手塚治虫さんの元で活躍するなど、テレビアニメの草創期を支えた女性アニメーターの先駆け的存在だからです。

「鉄腕アトム」をめぐる裏話

日本最初のテレビアニメ「鉄腕アトム」(1963~66年)は大人気を博しましたが、その裏で厳しい制作体制を強いられました。兎に角、時間と予算が十分なかったのです。そのため、コマ数を最小限に抑え、同じ動画を何度も使い回したり、喋るところは口の部分だけ動かすなど、省エネの極致を目指したようです。これがなつの同僚、坂場の「あれをアニメーションと認めるのか」という批判の理由になっています。

しかし、時代の流れには逆らえず、東映動画もテレビアニメの制作を始めます。それが「狼少年ケン」(1963~65年)です。(劇中では「百獣の王子サム」)また皮肉なもので、虫プロは「鉄腕アトム」の好調を受けて劇場版を制作しています。これがその後、「宇宙戦艦ヤマト」(1974~75年)などテレビでヒットしたアニメを映画化するパターンとして定着していきます。

ドラマの中では「百獣の王子サム」の企画者はコマーシャル班の猿渡竜男ということになっていますが、実際の「狼少年ケン」の企画者は手塚治虫さんのアシスタントであった月岡貞夫さん(1939~)であったようです。ですから「鉄腕アトム」に対抗できるように、アトムの様な異質のヒーロー(ロボットと狼に育てられた少年)が悪を挫くというコンセプトになったと思われます。

また、「百獣の王子サム」で人間の少年の父親代わりになるのがライオン。ところが、そのキャラクターデザインが、虫プロによる事実上の初のカラーテレビアニメ「ジャングル大帝」(65年)をコピーしたと揶揄されるディズニーアニメ映画「ライオン・キング」のキャラクターに似ているのですから、制作側の皮肉が効いています。

坂場と神地の実像

急にテレビ班への配属を命じられた坂場は、「日本のアニメーションは後戻りできなくなる」と上司たちに危機感を表しました。実際、テレビアニメが盛んに作られるようになると、本格的な長編アニメの製作はスローペースになったようです。

ただ、坂場のモデルになっている高畑勲監督(1935~2018)は、そのうちの1本である「太陽の王子ホルスの冒険」(1968年)で長編映画を初めて演出することになります。

日本のアニメーションの未来に不安を募らせる坂場を、上司の露木重彦(モデルは藪下泰司さん)に、「まったく新しい環境で演出した方が、のびのびできる」と励まします。実際、高畑監督は、その後、名作中の名作テレビアニメ「アルプスの少女ハイジ」(1974年)で確固たる実績を作ることになります。

一方、天然パーマ頭の新人・神地のモデルになっているのは、今や手塚治虫さんと並ぶ日本アニメのレジェンドともいえる宮崎駿監督。「白蛇伝」に感銘を受けて東映動画に入社し、最初にスタッフとして参加した長編映画は、「わんわん忠臣蔵」(1963年)と言われています。(「なつぞら」では、東洋動画や風車の壁に貼られているポスターから、「わんこう浪士」かと思われる)

「なつぞら」では神地は、「わんぱく牛若丸」(実際の「少年猿飛佐助」(1959年)と「安寿と厨子王丸」(1961年)かとのブレンド?)から参加しているが、実際は1963年入社なので、ドラマでは早めに登場させているわけです。

テレビ班の展開は?

テレビ班に転属になったなつと坂場。「百獣の王子サム」 を一緒に製作する上で、なつとの間で公私混同の展開が危惧されます。その生ぬるい雰囲気に活を入れる救世主として期待したいのは神地です。

なつがテレビ班に転属を命じられた第98話。それを聞いた神地は、(急に宮崎監督のものまねで)「テレビだけではなく、我々の問題だ。心血注いで作るフルアニメーションが存亡の危機にさらされている」 と久しぶりに前面に出てきました。

実際、宮崎監督は「狼少年ケン」の製作に参加しており、1965年に太田朱美さん三村茜のモデル)と結婚するので、なんらかの形でなつ達の製作に関与してくるものと考えられます。

また98話では、坂場が労働組合の幹部をしているということが判明しました。実際、高畑監督は1961年に発足した労働組合で幹部になり、宮崎監督も入社後すぐに加入しています。物語が労使の話になれば、二人の共闘の姿が描かれるかもしれません。その場合、“平和主義者”のなつは経営陣との仲裁役になるでしょう。

終盤への流れはどうなる?

坂場と神地はモデルとする人物があまりにも卓越しています。ですから、あまり事実通りに描くと、主人公のなつが霞んでしまします。それを制作側は避けたいので、坂場と神地の天才ぶりを最低限に抑えて物語は展開するはずです。

なつが坂場と最後に取り組むのは、 「太陽の王子ホルスの冒険」 をモデルにした長編アニメになると思われます。この映画の基なったアイヌの伝承を題材として戯曲とされています。その上で考えられる終盤のヤマ場に関して評論家の岡田斗司夫さんは次の様に予想しています。

なつぞら版の「太陽の王子(ホルスの冒険)」をやるんだったら、十勝の柴田牧場にロケハンに行って、そこで泰樹爺ちゃんと坂場の出会いがあって、男として認めるかどうか、ということができるのでは?

引用:岡田斗司夫ゼミより

今や日本が誇るサブカルーともいえるアニメの黎明期を、巧みに溶け込ませながら展開する「なつぞら」。なつと坂場はどうなるのか?神地と坂場の師弟関係は?実在の人物、そして事実を思い浮かべながら楽しんでみてはいかがでしょうか。■

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