映画【マトリックス】画期的な1作目の知られざる舞台裏とシンプル解説
2021年12月、SF映画史上に残る名作の続編が公開されます。その映画とは「マトリックス~レザレクションズ」。映画ファンの心を鷲掴みにした三部作が完結してから、なんと18年経ての・・・
まさに「復活」です!
そこで今回は、原点とも言える第1作「マトリックス」に焦点を当て、企画の源泉、制作の舞台裏、そして作品に隠されたメッセージまで、多角的に検証、紹介してみたいと思います。
まず、「マトリックス」の概要をまとめます。
監督 | ウォシャウスキー兄弟(当時) |
脚本 | ラリー・ウォシャウスキー(当時) アンディー・ウォシャウスキー(当時) |
プロデューサー | ジョエル・シルバー |
出演 | キアヌ・リーブス(ネオ) ローレンス・フィッシュバーン(モーフィアス) キャリー=アン・モス(トリニティ) ヒューゴ・ウィーヴィング(スミス) |
上映時間 | 136分 |
配給会社 | ワーナー・ブラザーズ |
公開 | 1999年 |
製作費 | 約65億円 |
興行収入 | 約500億円(世界) |
当時、目新しい映像表現はもちろんの事、ストーリーの根底に流れる意味深な思想も評判となり、カルトなファンも多く生み出しました。作品の設定は、人工知能の開発が著しい今日に生きる私たちにとって、さらに強く響きます。
すでにご覧になったかとは思いますが、念のため<あらすじ>をおさらいしておきます。
主人公の青年・トーマスは、プログラマーとしてソフトウェア会社に勤務する傍ら、天才的ハッカー・ネオという異名をとっていました。
ある日、謎の女性・トリニティを通じて、彼女の仲間・モーフィアスに会います。ネオは彼から、今生きている世界は実はコンピューターによって管理されている仮の世界「マトリックス」であると知らされます。
コンピューターの管理から脱出したネオ。代わりに「マトリックス」に捕らわれたモーフィアスを助け出す過程で、自分が人類の救世主であることを悟っていく。
①「マトリックス」の起源
「マトリックス」を生み出したのは、奇才ラリーとアンディ・ウォシャウスキー兄弟監督です。(二人とも性転換していて、現在はラナとリリーとなっています)。
二人とも大学を中退し、大工をしながら映画の脚本を書き始めました。が、キャリアとなっていたはコミックの脚本でした。その後、1994年に「マトリックス」の脚本を二人で書き上げます。ラリーは当時を振り返ってこう言っています。
全てが湧き上がってきた。人生で見つけた全てのアイディアを、映画の中に入れた!
彼らのアイディアの主な下敷きになっていたのは、以下の映画や書物だったと考えられています。
- カンフー映画
- 日本のアニメ(「攻殻機動隊」「アキラ」など)
- フィリップ・K・デックの小説
- 自然と現実を描いた小説
- ジョン・ウー監督の映画
これらのテイストを「仮想現実」で展開させた脚本は最終的に600ページにも及びました。(アメリカの脚本は1ページ1分なので、大体6時間に相当)しかし、最初に映像化されたのは別の脚本は、映画「暗殺者」でした。(主演:シルベスター・スタローン、アントニオ・バンデラス)
②制作決定の経緯は?
監督たちと彼らのマネジャーは、「マトリックス」の映画化を実現させてようと業界でセールスして周ります。そして興味を示した映画会社が、
ワーナー・ブラザース・ピクチャーズ
「ブレードランナー」や「バットマン」など、SFアクションの名作を送り出してきた映画会社です。しかし、契約を決めた幹部は、その難解な内容に戸惑いを隠せなかったようです。
我々は非情にイケている企画を買ったのは分るが、それが何かは分らない。
そして、あまりにも哲学的な内容をセリフでしっかり説明するよう監督たちに要求しました。その結果、モーフィアスがネオにマトリックスについて長々と説明するシーンが盛り込まれたのです。
スタジオ側からはさらに要求がありました。監督経験がない2人にいきなり大作を任せられないので、テストとして低予算映画を作ってみろと。それが、
サスペンス映画「バウンド」(製作費5億円)でした。
この映画は、複数の映画祭で一定の評価を得ることでき、興行収入も約7億円(全世界)に達しました。その結果を受けて、「マトリックス」はスタジオのゴーサインが出ることになったのです。
③紆余曲折のキャスティング
「マトリックス」の予算は約60億円。20年前の映画としては、そこそこの大作となりますが、ビジネスとして成功へのカギは、
主役にどのスターをキャスティングするか。
主役級の3人のキャスティングには、実に様々なスターが顔を出したようです。主な人たちを見ていきましょう。
●ネオ
今となっては、ネオ=キアヌ・リーブスは不動の方程式ですが、撮影に入る前は多彩なハリウッドスターが<赤いピル>を飲む可能性がありました。
まず候補に上がったのはウィル・スミス。この時、「ワイルド・ワイルド・ウエスト」からもオファーがあり、「マトリックス」があまりにも野心的という理由で辞退し、ウエスタン映画への出演を選びました。しかし、ヒットしたのは断然「マトリックス」の方でした。
一方、2人のプロデューサーは、ネオを女性にしてまでサンドラ・ブロックを主役に抜擢しようとしていました。これも実現しませんでしたが、トリニティ役で出演したら「スピード」の名コンビ復活ということのなったでしょう。
ウォシャウスキー監督が希望だったのは、ジョニー・デップ。ワーナー・ブラザーズの方は、ヴァル・キルマーやブラッド・ピットでした。その他、ニコラス・ケージ、ユアン・マクレガー、デイヴィッド・ドゥカヴニーらも候補に上がりましたが、全て断られたようです。
●トリニティ
トリニティ役を仕留めたのは、カナダの俳優、キャリー=アン・モス。彼女は当時、テレビドラマでの出演が主で、大作映画での出演経験はありませんでした。また、アクションが得意というわけでもなく、まさに天から降った幸運といえるでしょう。彼女で決まる前、
実は、あのジャネット・ジャクソンも候補者でした。
がこの役を演ずる可能性がありました。しかし、ツアーなどでスケジュールが合わず、交渉は決裂したようです。
さらに、ウィル・スミスの元夫人、ジェイド・ピンケット・スミスも候補にあがっていました。つまり、もしかしたら夫婦共演という可能性もあったわけです。
しかし、オーデションでリーブスと顔を合わせたとき、相性が合わなかったようです。それでもジェイドは、2作目と3作目で出演。そのころにはリーブスとよき友人となりました。
●モーフィアス
ギリシャ神話で夢の神を意味するモーフィアスは、マトリックスに捕らわれているネオを現実の世界へと導く、1作目では特に重要なキャラクターです。
難解な脚本もすんなり理解できたというローレンス・フィシュバーンの当たり役になりました。しかし、この役についても彼の他に
候補者として、大物スターたちがいました。
「グラディエーター」でアカデミー賞を受賞したラッセル・クロウ。「パルプ・フィクション」などタランティーノ映画で注目されたサミュエル・L・ジャクソン、そして「レオン」で強烈な演技を見せたゲイリー・オールドマンなどです。
④制作秘話
「マトリックスは」は、映像的にも当時としては画期的なSF映画でした。貢献しているのは、アクション、特殊効果、そしてロケーションなどです。
●SF映画にカンフーアクション?
「マトリックス」のアクションの特徴は、主要なキャラクターがカンフーの達人ということです。
一般的なハリウッドのアクションは、ボクシングやレスリングに基づいた格闘スタイルが主流です。時たまアジア系のキャラクターが空手やカンフーを操ることがあります。ところが「マトリックス」は、理由もなくネオ、トリニティ、そしてモーフィアスがカンフーで戦っています。
なぜカンフーなのか?
その理由は、単にウォシャウスキー監督の好みだから、ということになるでしょう。それは彼らの入れ込み具合からも証明できます。
ウォシャウスキー監督が武術指導に指名したのは、香港のアクション監督のユエン・ウーピン。この「マトリックス」の後に担当した「グリーン・デスティニー」の武術指導でも脚光を浴びた、香港映画では随一の人です。
さらに監督は、俳優にカンフーを徹底的にマスターすることを強いました。プロデューサーは「代役を立てればいい」としましたが、二人は聞かなかったと言います。そのため、主役の3人と敵対するスミス役のヒューゴ・ウェービングのトレーニングは、
なんと4か月にも及びました。
またウェービングは、トレーニング2日目にけがをしてしまい、手術するはめに。その後、6週間も、松葉杖を使うことになりました。
“エージェント・スミス”以上に困難に見舞われていたのは“ネオ”です。彼はトレーニングに入る前に脊髄の問題から首の手術を受けた後でした。そのため、練習中は首に負担のかかるキックなどは、十分練習がでできなかったようです。
さらに撮影にも影響がでました。
「マトリックス」のカンフーアクションの見せ場は、道場でのネオとモーフィアスの試合。およそ4分に渡ってカンフーファイトが繰り広げらます。このシーンの撮影は、セットから組みあがってから、1か月後にやっと行われました。理由はもちろん、リーブスの首の回復を待っていたからです。
●オーストラリアのロケ
この映画は宇宙船とネオが閉じ込められていたマシーンシティー(機械の町)のシーン以外は、マトリックス内にある架空の都市で話が進みます。その撮影場所に選ばれたのは、オーストラリアのシドニーです。そこで気になるのが、
なぜオーストラリアで撮影したのか?
それはひとえに撮影経費を節約するためです。背景にあるのが、アメリカ、とくにハリウッドでの映画製作が割高であることです。
その一番の理由が高い人件費です。世界で最も映画産業が盛んなアメリカでは、長年行われてきた労使交渉のせいで、映画スタッフの基本賃金がとても高い。
例えば撮影監督(組合員)の一日の最低賃金は、日本円で15万円弱です。たとえば撮影が90日(「マトリックス」の当初予定)だとすると、単純計算で約1350万円にもなります。これに、撮影前の準備、残業や早出が分が上乗せされるわけです。
「マトリックス」はメジャー会社の作品ですから、これの数倍はなっているでしょう。さらに経費が掛かったのが、
特殊効果(SFXとFVX)です。
「マトリックス」の映像的な要は、アクションに加えて斬新な特殊効果です。監督は特異なアイディアを実現するためには、後述する<バレットタイム>をはじめ、様々な特殊効果を独自に開発するため、多額な費用が掛かりました。
そこでプロデューサーは、苦心の末、海外での撮影を考えるたわけです。主要なスタッフはともかく、それ以外のスタッフを現地で雇えば、少なくとも人件費は大幅に削減できます。そこにオーストラリア政府が、いろいろな局面で経済的な支援もあり、ロケショーン費も大きく抑えられたと思われます。
⑤「マトリックス」の特殊効果
この映画では様々な特殊撮影が盛り込まれていますが、その中でも代表的なのが、「バレット・タイム(bullet time)」と「ワイヤーアクション」です。
バレット・タイム
俳優の動きがスローモーションになったり、静止したりした際、カメラがその周りを360度回転するアレです。屋上でネオが弾丸を避けるシーンや、地下鉄のホームでネオとスミスが空中で掴み合って銃を撃ち合うところなどで見られました。
バレット・タイムは、別称「マシンガン撮影」とも言い、マシンガンの弾(bullet)のように高速で連続撮影していくという意味が込められています。
これはウォシャウスキー監督が、日本のアニメーションの影響を受けたことが如実にわかる表現方法です。ちなみに具体的な撮影技術は、担当だったジョン・ゲイターがこの作品のために開発しました。
360度ぐるりと配置した120台のスチールカメラと2台のフィルムカメラで俳優の動きを撮影。周りはブルースクリーンで取り囲み、後処理で背景と合成しています。(下の予告編を参照していください)
ワイヤーアクション
この作品の中でたびたび見られるワイヤーアクション。この方法は香港映画のアクションで多用され、英語では「wire work」と呼ばれています。
片方を複数のスタッフでワイヤーで引っ張って、吊るした俳優を舞い上がらせるという、いたって原始的な方法で行われます。
西洋の俳優にとってなじみのないワイヤーアクション。リーブスたちは、時間がをかけならも方法を見つけ、想像できないことができるようになりました。
ビルの端からネオがジャンプするシーンでは、35フィート(約10m)のワイヤーを使いましたが、リーブス本人がやったといいます。
リーブスは完璧主義者。撮影の経験について、何か特別なものがあると感じていた。そして全てを完璧にやりたがった。
ラリー・ウォシャウスキー監督
また、ワイヤーで吊られたトリニティ役のモスが、政府ビルのロービーで壁を上って回転するカットがあります。前日の練習で足首を負傷。翌日の撮影日、リハーサルではできたものの、撮影は結局できず。このカットは1カットではなく、2カットで処理することになったそうです。
⑥「マトリックス」のコンセプトとは?
この映画は、カンフーを主体としたアクション、激しい銃撃シーン、さらに多彩な合成シーンなど、見るものを休ませてくれません。ただ、この映画の魅力は、そういった表面的な部分だけではなく、その低層に敷き詰められたメッセージにもあります。最後はそれを紐解いてみましょう。
●リーブスが渡された本とは?
ウォシャウスキー監督は、リーブスに脚本を読む前に読むように頼んだ3冊の本がありました。この複雑な物語を、少なくとも
まず主役には分かってほしいと思ったのでしょう。
必読書としてまず第一にあげた本は、フランスの社会学者、ジャン・ボードリヤールの『シミュラークルとシミュレーション』です。
ボードリヤールは、この本の中で、「全てのものが虚像(シミュラークル)であり、それが模擬実験(シミュレーション)されている」と述べています。つまり、こう言っているのでしょうか。
人間は巨大なシミュレーションの中にとりこまれた存在である。
また、その世界の中で生きる人間は、そこから出ることできません。なぜなら、
何が現実か、何が模擬なのか、区別のできない世界になっているから。
この他、リーブスが読むように言われたの2冊の本は、
●『Out of Control』(ケビン・ケリー著)=経済を動かす機会とシステムが自律して世の中が制御不能に陥る。
●『Evolutionary Psychology』(ダイラン・エバンス著)=進化生物学と認知心理学、そして人類学、霊長類学、考古学まで及ぶアカデミックな入門書。
●結局、「マトリックス」とは?
この作品の背景にあると思われる古代ギリシャの哲学者プラトンの「人生を表現するために使った例え話」があります。
それは「洞窟の比喩」です。
生まれた時から、洞窟で手足を縛られた3人の人間がいます。彼らの後ろでは焚火がたかれ、彼らとの間に道があります。そこを人や動物が通り過ぎるたびに、その姿が大きな影となって3人の前の壁に映し出されます。
3人が見ている「実体」は「影」ですが、それを3人は「実体」と信じ込んでいます。つまり私たちが見ているのは「影」であり、物事の本質(プラトンの言う“イディア”)ではないと言うわけです。それだけ、知らないことを知ることは難しいのです。
三部作の「マトリックス」、第一作のテーマは、まさにこの点に絞られています。ネオは自分が信じていた「現実の世界」が、実は「仮想の世界」だったこと知らされ。それを確信するまでの道のりが描かれました。
同じようなコンセプトを持つ映画は他にもあります。ハリウッド映画として、次の2作をあげておきましょう。
技師の男が夢による疑似体験サービスを受けてから命を狙われ始め、嘘の記憶が植え付けられたことを知る物語。2012年にリメイクされました。
ある島に住むサラリーマンが、ある日、亡くなったはずの父親にあったことで、自分の存在に疑いを持つようになる。実は彼の人生は、全てリアリティショーのように番組にとして放送されていたという現実。
とくに「トータル・リコール」はウォシャウスキー監督が好んでいたフィリップ・K・デックの小説「追憶を売ります」の映画化です。
また、「マトリックス」が示す社会構造は、単なる個人的な比喩(本当にことは分っていない、等々)としてだけでなく、現代ではリアルな警告としての意味合いも持ち始めています。
ここ10年で急激に発展したきた人工知能の技術。「このまま進めば人工知能は人間を超え、遂には人間をコントロールするようになるだろう」とも言われています。それは正に「マトリックス」が描く、
機械が人間を完全支配する社会です。
つまり、あのジョージ・オーエルの「1984」の独裁者による監視社会にとどまらず、機械が人間の身体どころか意識まで閉じ込め、自らの電力のソースとして利用するかも、という警告です。
ところが、続く2・3作目(「リローデッド」と「レボリューション」)は、1作目の「前置き」を踏み台に、さらに想像を絶する領域に入っていきます。それは次回に紹介したいと思います。■
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