【天空の城 ラピュタ】人気の秘密を「神話の法則」で解く

【天空の城 ラピュタ】人気の秘密を「神話の法則」で解く

アニメ映画の巨匠、宮崎駿監督の作品群の中で、ファンの間で愛されている作品、「天空の城 ラピュタ」(1986年公開。以後、「ラピュタ」と表記)。映画専門サイト「シネマトゥデイ」に掲載された「好きなジブリ作品はどれ?」(2023年7月)でも、17.9%で第1位に輝いています。

  • 1位 天空の城ラピュタ 17.9%
  • 2位 風の谷のナウシカ 15.3%
  • 3位 もののけ姫    11.1%
  • 4位 千と千尋の神隠し  7.6%
  • 5位 紅の豚       7.4%

その人気の理由について、ネットやYoutube上などで様々な解説が展開されていますが、今回はそれらとは全く違った視点から、「ラピュタ」の人気の秘密に迫ってみようと思います。その拠り所にしたいのが、

「神話の法則」。

ご存知の人もいるかもしれませんが、「神話の法則」(The Hero’s Journey)は、アメリカの脚本家で映画制作コンサルタントであるクリストファー・ボグラーがまとめた神話や物語に共通する構造を示すフレームワークです。

神話の法則 夢を語る技術

この法則の原点となったのは、神話学者のジョセフ・キャンベルが1900年代初頭に発表した「世界中の神話・民話は共通の構造を持つ」という理論です。これをボグラーが分かりやすく整理し、物語の流れを12ステップにまとめました。彼の検証では、歴史に残る多くの映画のストーリーがこの構造に則っているとしています。

その代表的な作品が、SF映画のクラシック、「スターウォーズ エピソード4 新たなる希望」(1977年公開。以後「スターウォーズ」)です。そこで今回は、この名作映画を比較対象として、いかに「ラピュタ」のストーリーが「法則」に合致しているかを検証し、多くの人に長らく愛されるその普遍性を確認したいと思います。

EDENスターウォーズ 特大 ポスター 

「スターウォーズ」は約50年前の作品なので、ご覧になっていない方も多いでしょう。本題に入る前に、この映画のあらずじに触れておきます。

「スターウォーズ」のあらすじ:銀河帝国の圧政に抗う反乱軍の戦いを描いた物語。農家の若者ルーク・スカイウォーカーは、故郷で反乱軍の秘密情報を持つロボットと出会い、運命が一変。ベン・ケノービ(オビ=ワン)というジェダイの老騎士に導かれて故郷を離れ、霊力・フォースの修行を始めます。彼は反乱軍に加わり、宇宙の運び屋ハン・ソロやレイア姫と共に帝国の要塞「デス・スター」を破壊すべく、厳しい戦いに挑みます。絶体絶命の中でルークに宿るフォースの力が覚醒し、彼は見事にデス・スターを撃破。帝国に勝利し、銀河に新たなる希望をもたらします。

今回の検証の軸になる「神話の法則」で定められた物語12のステップは、以下ような意味合いを伴っています。

  • 1.日常の世界(The Ordinary World)
  • 2.冒険への呼びかけ(Call to Adventure)
  • 3.冒険の拒絶(Refusal of the Call)
  • 4.賢者との出会い(Meeting with the Mentor)
  • 5.第一の関門の突破(Crossing the First Threshold)
  • 6.試練、仲間、敵(Tests, Allies, Enemies)
  • 7.洞窟の最奥(Approach to the Inmost Cave)
  • 8.最大の試練(Ordeal)
  • 9.報酬(Reward)
  • 10.帰路(The Road Back)
  • 11.復活(Resurrection)
  • 12.宝を持ち帰る(Return with the Elixir)

それでは、このステップに則って、「ラピュタ」と「スターウォーズ」の物語の流れを見ていきましょう。映画の場面を思い出しながら、読み進めてください。

1. 日常の世界(The Ordinary World)

このステップは、物語の最初として主人公の普段の生活や環境を示し、彼(または彼女)が何者であるかを提示します。さらにこの後、展開される未知の世界との対比を出しておくため、退屈さが強調されます。また主人公はそういった日常に対する不満を持っています。


「スターウォーズ」は、宇宙空間でレイア姫の宇宙船が帝国の司令官、ダース・ベイダーに襲われるシーンから始まりますが、これはハリウッド映画でよく見られる“最初の掴み”。「神話の法則」が定義するステップ1は、次の惑星タトゥイーンのシーンになります。主人公はこの星で農業を営む養父母と共に平凡な生活を送っている若者、ルーク・スカイウォーカーです。彼は宇宙船パイロットになる夢を抱いていますが、叶いそうもなく、不満を抱いています。

「ラピュタ」でも「スターウォーズ」と同じように最初は“掴み”から始まります。少女シータが、特務機関の飛行戦艦に囚われているところへ、空中海賊のドーラ一家が襲撃を仕掛け、混乱のなかでシータは飛行機から落下します。

そして落ちた先が主人公パズーが働く鉱山の採掘場です。(主人公がパズーであることは、当初のタイトルが「少年パズー」であったことでも分かります)ここからパズーの日常が紹介されます。彼は鉱山で工員として地道に働きながら平凡に暮らしています。しかし、亡き父が見たという「天空の城」を、いつかは自分の目で見たいという夢をシータに打ち明けます。

2. 冒険への呼びかけ(Call to Adventure)

主人公が冒険の始まりを告げる「呼びかけ」を受ける場面です。これにより、主人公は未知の世界に足を踏み入れる機会を得ます。呼びかけは外部からの影響による場合も、自身の内なる欲望からくるパターンもあります。


「スターウォーズ」では、レイア姫がロボット(R2-D2)に託したメッセージを、タトゥイーンに住む老戦士のオビ=ワン・ケノービが受け取ります。「オビ=ワン、助けてください」。オビ=ワンはルークに協力を求めます。一緒に帝国軍と戦ってほしいと。つまり「冒険への呼びかけ」です。


一方、「ラピュタ」での冒険への誘いは、シータによってもたらされます。彼女が持つ飛行石を狙う敵勢力からの襲来を受け、パズーは冒険の世界へと引き込まれていきます。それは「呼びかけ」という穏やかなものではく、「冒険への追い立て」でした。

3. 冒険の拒絶(Refusal of the Call)

主人公が冒険への参加を一度拒絶するか、躊躇する場面です。この段階では、危険や未知の世界に対する恐れや、現在の生活への執着が描かれます。これにより、冒険の危険性が強調され、その後の展開への期待が高まります。


「スター・ウォーズ」では、ルークはオビ=ワンからの冒険の誘いに心が揺さぶられますが、養父母を残すことへのためらいから一旦拒否します。しかし、養父母が帝国軍に無惨に殺され、冒険を拒否する根拠は一瞬でなくなります。


「ラピュタ」ではこのステップは分かりやすい形で表現はされず、パズーは冒険をはっきり拒絶はしません。しかし、物語の前半で、冒険に対する迷いや恐れが時々彼を襲います。彼はシータを守るために行動しますが、どこかで自分には不相応ではと戸惑う素振りも見せます。

4. 賢者との出会い(Meeting with the Mentor)

賢者が登場し、主人公に知恵や助言を与え、冒険を進めるためのガイドとしての役割を果たします。また賢者は主人公に必要な道具を与え、冒険の準備を整えます。時には主人を危ない使命に引きずり込んだりします。


「スター・ウォーズ」の賢者に当たるのがジェダイの騎士、オビ=ワンです。最初、彼は“変な老人”として登場しますが、ルークが一旦冒険を決意すると、賢者としての威厳を示し、ジェダイの道を授け始めます。そしてジェダイだけが持つ霊力・フォースを教え、ライトセーバー(剣)を託します。


「ラピュタ」における賢者とは誰でしょうか。この作品では2人の賢人が登場します。ひとりは鉱山師のポムじいさんです。彼はシータが持っていた飛行石とラピュタの関係を教えるなど、パズーに運命的な使命感を植え付けます。

そして、もうひとりの賢者は、空中海賊の女首領、ドーラです。彼女はバズーたちの敵対者として登場しますが、徐々に彼らの一途な心に惹かれ支援者となります。賢者として知恵と道具(武器など)を提供し、敵に立ち向かう二人の行動を見守り、助けます。

5. 第一の関門の突破(Crossing the First Threshold)

主人公が日常の生活を後にして、未知の世界へと足を踏み入れます。これにより、冒険が本格的に始まり、キャラクターはもう後戻りできない状況に置かれます。ここでは、新たな環境に順応する試練が描かれます。


「スター・ウォーズ」では、ルークが宇宙の運び屋、ハン・ソロの宇宙船に乗って、オビ=ワンと共に宇宙へ旅立つ場面がこのステップに該当します。これにより、ルークは平凡な生活を完全に捨て去り、帝国軍との戦いに身を投じることになります。


「ラピュタ」では、このステップが他力本願で達成されます。2人は特務機関に囚われてしまいますが、シータは飛行石の秘密を教える代わりにパズーの釈放を要求。パズーは自分で何もできない無力感を抱きながら危機から逃れます。しかし、これがパズーに日常生活に戻ることを捨て、冒険に突き進むことを決意させます。

6. 試練、仲間、敵(Tests, Allies, Enemies)

主人公が冒険の過程で直面する試練や、新たに得た仲間、そして対立する敵との関係が描かれる場面です。このステップでは、主人公が試され、物語における重要な力関係や対立が明確にされます。


「スター・ウォーズ」では、ルークが、ハン・ソロと彼の手下、大猿のチューバッカ、そしてロボットたちとのつながりを深めていきます。一方、帝国軍の要塞デス・スターでは、捉えられたレイア姫がダース・ベイダーの脅迫に心を震わせます。善悪の構図が浮き彫りなり、両者の対決が迫ることが予兆されます。


「ラピュタ」では、特務機関のトップ、ムスカの凶悪性が際立つなか、パズーたちは何とかシータの奪還に成功。ドーラ一家の海賊船は天空の城を目指します。その間、ドーラの3人の息子たちや手下とも心が通じ合い、連帯感が深まります。

ここまでステップを進めてきましたが、「神話の法則」では物語をに登場する登場人物のタイプも定義されています。取り上げている2つの映画について抑えておきましょう。

神話の法則スターウォーズ天空の城ラピュタ
英雄ルークパズー
賢者オビ=ワンドーラ
炭鉱師ポムじいさん
シャドウ(敵)ダース・ベイダームスカ
仲間(ヒロイン)レイア姫シータ
仲間たちハン・ソロたち
チューバッカ、ロボット
ドーラの手下たち
鍵となるアイテムデス・スターの設計図飛行石

7. 洞窟の最奥(Approach to the Inmost Cave)

物語の核心に近づく場面で、主人公が最も重要な試練に直面する前の準備を整える段階です。ここでは、主人公が深い恐れや葛藤に直面し、物語のテーマがより明確にされます。


「スターウォーズ」では、ルークたちが帝国の巨大宇宙要塞デス・スターに侵入し、囚われの身になっているレイア姫を救出することにします。彼らはたった1機の宇宙船で敵船に入るという危険な賭けに出ます。そして仲間で機転を利かせて何とかレイア姫を見つけます。ダース・ベーダーは、オビ=ワンが相手をしているのでルークたちへの対応ができません。その間にルークたちはソロの宇宙船に戻ってきますが、その時、オビ=ワンは自らダース・ベーダーの剣を受け、姿が消えてしまいます。それを惜しむ間もなく、ルークたちは要塞を脱出していきます。

「ラピュタ」では、ドーラ一家の海賊船が「竜の巣」と呼ばれる巨大な嵐に遭遇。パズーとシータは意を決してグライダーに乗って海賊船を離れ、ラピュタを求めて荒れ狂う嵐の中心に飛び込んでいきます。

いつの間にか気を失った2人が再び目を覚ますと、そこはラピュタ上部の地面の上。2人は伝説の城の周りを見て回ります。途中、残された一体のロボットに遭遇し、過去の恐ろしい出来事に思いを馳せます。

8. 最大の試練(Ordeal)

この場面は、主人公が最も大きな危機に直面し、それを乗り越えることで大きな成長を遂げる場面です。この試練を通じて、主人公は新たな力や知識を得て、物語の転換点を迎えます。

「スターウォーズ」では、革命軍がデス・スターの設計図を元に計画を立て、勢力総出で攻撃に向かいます。ダース・ベイダーは自ら戦闘機に乗り込み、革命軍の戦闘機に襲いかかります。デス・スターを破壊のためのこの激しい戦闘の場面が、「最大の試練」に該当します。ここでルークは、霊力を使い、デス・スターの破壊を試みます。

「ラピュタ」でもアクションが展開されます。城の中間部でパズーは、シータを虜にしているラピュタ王家の子孫でもあるムスカと対峙。ラピュタの力を使った宿敵の容赦ない攻撃を交わしながら、2人は飛行石を取り戻した。そして、2人は決心します。

9. 報酬(Reward)

主人公が最大の試練を乗り越えた後に得る成果や知識を示す場面です。報酬は物質的なものや、精神的な成長として描かれることが多く、冒険の成果を象徴します。


「スター・ウォーズ」では、デス・スターの周りで戦闘が繰り広げられています。その間、革命軍が本拠地とする惑星が、デス・スターの強力なレーザーの射程に入ろうとしています。その時、フォースの力を信じたルークの放った一撃で、デス・スターは木っ端微塵に破壊されます。ダース・ベーダーもハン・ソロによって排除され、宇宙の藻屑に消えました。ミッションを成功させたルークに対して、霊体となったオビ=ワンからフォースの使いとしてお墨付きを与えます。


「ラピュタ」では、飛行石を握った2人が「バルス」という合言葉を叫びます。すると城が瞬く間に崩れていきます。逃げ惑うルスカも瓦礫とともに海に落ちていきます。パズーたちは、天空の城が再び悪に利用されることを防いだのです。パズー個人にとっても、父から伝え聞いたラピュタの正体を目撃するという夢を達成しました。

10. 帰路(The Road Back)

キャラクターが冒険を終えて日常の世界に戻る過程を描く場面です。この段階では、冒険の成果を持ち帰り、日常世界にどう適応するかが焦点となります。ここで、キャラクターが新たな視点を得ていることが示されます。


「スター・ウォーズ」では、勝利を勝ち取り反乱軍の基地に戻ったルークたちは、レイア姫から勲章を授与されます。革命軍の聴衆から喝采を受け、英雄となったルークは以前の頼りない若者ではなくなっていました。

一方「ラピュタ」では、パズーとシータはグライダーで海賊船に戻り、ドーラ一家の仲間と無事な期間を喜び合います。この場面では、2人は日常の世界に戻る準備を整えています。

11. 復活(Resurrection)

キャラクターが日常の世界に戻る際に、最後の危機や試練を乗り越え、再び自己を確立する場面です。この段階での試練は、キャラクターが成長し、新たな自己を持っていることを示します。


「スター・ウォーズ」では「復活」の意味合いも、「帰路」のシーンと同時に描かれています。帝国軍に対して劣勢に立っていた反乱軍が、大勝利によって再び活気を取り戻し、ルークたちを称える表彰式が執り行われます。

「ラピュタ」でも、このステップはドーラ一家との再会のシーンに含まれます。ルスカという凶悪な敵からシータを無事守ったパズーは、一回り成長した”男”としてドーラたちに認められます。

12. 宝を持ち帰る(Return with the Elixir)

キャラクターが冒険から得た知識や力を日常の世界に持ち帰り、それをどのように生かすかを描く場面です。この段階で、キャラクターは完全な成長を遂げ、物語は完結します。

「スターウォーズ」では、あえてこのステップは省略されています。なぜならば、この映画はシリーズものであり、このステップは次作「エピソード5 帝国の逆襲」に先送りにされています。ルークは別の賢者・ヨーダによって、更に成熟したジェダイの騎士となっていきます。

「ラピュタ」では、パズーはドーラ一家に分かれを告げて、シータを故郷に送り届けることになりまう。持ち帰る「宝」とは、彼らが守った自然のラピュタ。そして深まった互いの絆です。彼らは経験をもとに、日常が訪れることが暗示されます。

宮崎作品と「神話の法則」

ここまで分析してきたように、「天空の城 ラピュタ」は詳細では相違はあるものの、大筋で「神話の法則」に沿った形で物語が展開されていることが分かりました。そこには、宮崎監督がキャリアの初期にテレビアニメを多く手掛けたことが背景にあると推測されます。

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テレビアニメは、各話ごとが基本的に「起承転結」で構成されています。これはある意味、「神話の法則」をシンプルにしたものと言えるでしょう。また、対象の多くが子供であるがゆえに、主人公が英雄としてシャドウ(敵、悪)と対立する形で描かれ、ハリウッド映画的なハッピーエンドが求められました。「ラピュタ」もその延長として見ることも出来ます。

その後、時折、作品の対象を大人へ拡大させるなかで、単純なハッピーエンドで終わらなかったり、主人公がかならずしも「英雄」ではなかったりする作品も制作されました。

その代表的な作品が、「もののけ姫」です。物語に現実味を持たせれば持たせるほど、善悪をはっきり区別することはできず、最後に誰も勝者にはなりえません。しかし、「もののけ姫」であれ「千と千尋の神隠し」であれ、宮崎監督の意図とは関係なく、どことなく「神話の法則」の存在が感じられるのです。それが宮崎作品がいつも神話的なイメージを抱かせている証であると思うのです。■