40年隔てたヒット作『トップガン』2本の魅力とアメリカの実像

40年隔てたヒット作『トップガン』2本の魅力とアメリカの実像

ハリウッドが誇るトップスターの1人、トム・クルーズ。近年、その主演作で記録的なヒットとなったのが映画『トップガン マーベリック』(2022年公開)。全世界興行収入は14億ドル(約1850億円)を超えて歴代興行収入で13位にランクインし、クルーズの出演作品では最高を記録しました。

「トップガン マーベリック」のパンプレット

この作品は、およそ40年前に公開された映画『トップガン』の続編です。このように長い年月を隔てて2作目が制作されることは大変珍しいことです。これは近年で流行っている続編ブームの影響が強いと思います。ただ、前作をリアルタイムで見た観客と、今回、続編を初めて見た観客とは2世代以上が離れていることもあり、その偉業は続編自体の映像的魅力と前作をうまく引き継いだストーリーの巧みさにあったように思われます。

また同時に、この2作品は、当時と今のアメリカが置かれた安全保障に関する状況の変化を如実に表しています。そこで今回は、このシリーズ2本の制作の背景と魅力に迫ってみようと思います。

1980年代の冷戦時代と現代の国際情勢

1986年に公開された映画『トップガン』は、冷戦の終盤にあたる時期に作られ、アメリカ映画史に残る軍事アクション映画として映画ファンだけでなく一般の人々に知られています。この時代、アメリカとソビエト連邦(現ロシア)は冷戦構造の中で核抑止力を背景にした軍拡競争を続けており、その緊張感が映画の随所に現れています。映画のストーリーは、アメリカ海軍の精鋭パイロットたちが、正体不明の仮想敵機(MiG戦闘機)との空中戦を繰り広げるという内容ですが、この仮想敵は実質的にソビエト連邦を暗示しています。

「トップガン」ポスター

1980年代は、米ソ間の対立が極めて深刻であり、映画を通じて描かれた「自由主義世界の守護者」としてのアメリカの姿が、観客に強く訴えかけていました。『トップガン』の主人公、マーベリック(トム・クルーズ)は、その自由と力を象徴するキャラクターであり、ソ連との対決構造の中で彼が如何にして技術的、精神的に勝利を収めるかが物語の中核をなしています。冷戦時代、アメリカにとって軍事力の象徴はジェット戦闘機であり、F-14トムキャットのような最新鋭の戦闘機がアメリカの技術的優位性を示す存在でした。ソ連製のMiG戦闘機と思われる戦闘機と空中戦を繰り広げるシーンは、冷戦時代のアメリカの国威発揚と、その軍事技術の優位性をアピールするために設けられたものでした。

F-14 トムキャット (出典:Wikipedia)

一方、2022年に公開された続編『トップガン マーヴェリック』では、冷戦構造が崩壊し、多極化する現代の国際情勢が背景にあります。仮想敵国が具体的に描かれることはなく、あえて国名を伏せた形でストーリーが進行します。この点は、冷戦期のようにアメリカとソ連の二極対立が明確であった時代とは異なり、現在の世界が抱える複雑な国際情勢を反映していると言えます。

現代のアメリカが直面している国際的な脅威は、多様であり複雑です。北朝鮮や中国、ロシアといった国家間の緊張が依然として存在する一方、テロリズムやサイバー戦争といった非国家主体による脅威が台頭しています。このため、『トップガン マーヴェリック』では、かつてのような明確な敵国の描写を避け、どの国とも明言しない曖昧な形で仮想敵が設定されています。これは、観客に国際社会の複雑さと現代の多極的な脅威に対するアメリカの挑戦を示す形で描かれているのです。

FA18戦闘機「トップガン MAVERICK」 ポスターより

映画で分かる安全保障や軍事技術の進化

『トップガン』が公開された1980年代、アメリカは軍事的優位を維持するために、冷戦時代の核抑止力だけでなく、航空戦力に注力していました。映画に登場するF-14戦闘機はその象徴であり、米国の空中戦力の象徴として描かれました。F-14は当時、レーダー性能やミサイル技術においても画期的な進化を遂げた機体であり、これが映画内でも強調されています。『トップガン』では、アメリカがソ連との航空技術競争に勝利し、世界の空を支配するための象徴的存在として描かれています。

しかし、現代の国際情勢や軍事技術は1980年代と比較して大きく変化しています。2022年に公開された『トップガン マーヴェリック』では、アメリカの軍事技術の進化が大きく反映されています。冒頭に登場する「ダークスター」は、極超音速で飛行可能な新型戦闘機を象徴する存在です。この機体は、現実世界の最新技術を反映したものであり、アメリカが引き続き軍事的優位性を維持しようとしていることを示しています。特に、現代では無人機ステルス技術の発展が著しく、これらの新しい技術が戦争の形を大きく変えています。

「ダークスター」のモデルとも言われるSR-72 (出典:Wikipedia)

また、『トップガン マーヴェリック』では、無人機の台頭が重要なテーマの一つとして描かれています。マーヴェリックの存在は、人間のパイロットの重要性を象徴するものとして描かれますが、映画内では無人機の発展により、パイロットの役割が減少しつつある現実が暗示されています。このような技術進化に対して、映画は単に空中戦を描くだけでなく、人間の感情や判断力とテクノロジーの関係性についても問いかけています。特に、ドローンの実戦配備の拡大に対するパイロットの危機感が描かれており、これは現代の軍事戦略や社会における自動化と人間の関係というテーマともリンクしています。

なぜ『マーヴェリック』は世界中で愛された?

『トップガン マーヴェリック』が世界的に成功を収めた理由の一つは、主人公マーヴェリックが象徴する「古き良きヒーロー像」が、現代社会で再評価されたことにあります。1980年代の『トップガン』で描かれたマーヴェリックは、無鉄砲で規則に縛られない反骨のパイロットでした。彼は、自らの信念に従い、仲間を守るためにルールを破ることもいとわない反逆者として描かれています。彼の行動は、1980年代のアメリカで象徴的だった個人主義や自由を体現し、当時の観客に強く共感されました。

「トップガン」の一場面(A4フォトフレーム TOPGUN)

一方、続編である『トップガン マーヴェリック』では、マーヴェリックが年齢を重ね、若い世代のパイロットを指導する立場にありますが、その反骨精神や自己犠牲の精神は変わっていません。彼は依然として規則に縛られない存在でありながら、今度は若い世代にそのスピリットを受け継ごうとします。これは、現代の観客が求めるシンプルかつ力強いヒーロー像を再評価させる要素となっています。

近年の映画やドラマでは、ヒーロー像が複雑化し、内面の葛藤や心理的な弱さが強調されることが多くなっています。しかし、『トップガン マーヴェリック』では、あえてそうした複雑さを取り除き、シンプルで力強いマーヴェリックのキャラクターが描かれています。彼の行動や信念は、現代社会における混沌とした状況に対する強い意思とシンプルな解決策を象徴しており、多くの観客にとって新鮮でありながら、同時に懐かしさを感じさせるものでした。

非現実的な設定やストーリーがウケた訳

『トップガン マーヴェリック』は、時に非現実的な設定や展開が見受けられる映画です。例えば、マーヴェリックが操縦する極超音速機「ダークスター」の飛行速度や、高度な戦闘機同士のドッグファイトは、現実的には非常に難しい状況です。しかし、これらの非現実的な要素が、なぜ現代の観客に受け入れられているのでしょうか?

その答えは、映画が持つエンターテインメント性にあります。現代の観客は、映画やドラマにおいて完全なリアリズムを求める一方で、娯楽作品としての爽快感や感情の高揚を重視する傾向があります。『トップガン マーヴェリック』は、その非現実的な要素をあえて強調し、観客にスリルと興奮を提供することで、視覚的なカタルシスを引き起こしています。

「トップガン マーベリック」のポスター

また、観客は映画がフィクションであることを理解しているため、非現実的な設定であっても、それを許容する余地があります。特に、マーヴェリックが直面する困難や、最後には勝利を収めるという物語の構造は、観客に達成感と希望を与えます。現実世界では複雑な問題が多く、解決策が見えにくいことが増えている中で、映画の中で描かれる「シンプルな解決策」「最後の勝利」は、観客にとって一時的な安堵感を提供し、その点で広く受け入れられているのです。

幅広い世代に受け入れられた背景

『トップガン マーヴェリック』は、公開直後から全世界で高い評価を受け、特に若い世代にも強い影響を与えました。1980年代に公開されたオリジナル作品を知らない若者たちにとっても、この映画は新鮮かつ魅力的な作品として受け入れられたのです。

その理由の一つに、映画が持つ普遍的なテーマがあります。リーダーシップ友情自己犠牲といったテーマは、どの時代においても人々に共感を呼ぶ要素です。マーヴェリックが映画の中で見せるリーダーシップは、現代社会においても重要なテーマです。彼は、無謀な行動を取る一方で、仲間を守り、若いパイロットたちを育てるという責任感を持っています。このような師弟関係チームワークの描写は、若い世代にも共感できるものであり、現代のリーダーシップ像ともリンクしています。

さらに、映画のビジュアル面やアクションシーンは、最新技術を駆使しており、特に若い観客に対して大きなアピールを持っています。CGやリアルな空中戦の描写、圧倒的なスケール感は、現代の観客にとって映画館で体験する一つの大きな魅力となっています。また、映画に登場するキャラクターたちは多様であり、若い世代にも親しみやすい存在となっています。特に、次世代のパイロットたちが抱える葛藤や成長の過程が描かれることで、若い観客も自らの人生に重ね合わせることができるでしょう。

「トップガン マーベリック」の一場面(アートパネル)

最後に繰り返しになりますが、シンプルかつ力強いヒーロー像が、多くの世代に受け入れられた大きな要因です。マーヴェリックのキャラクターは、時代を超えて共感を呼ぶ存在であり、彼の行動や決断は、どの世代にとっても力強いメッセージを発信しています。特に、現代の複雑な世界において、彼のような一貫した信念を持つキャラクターは、多くの人々にとって希望や勇気を与える存在です。このような普遍的な要素が、『トップガン マーヴェリック』を幅広い世代に支持される作品へと押し上げた理由と考えられる。

まとめ

映画『トップガン』と『トップガン マーヴェリック』は、それぞれの時代背景や国際情勢に応じて描かれた作品ですが、普遍的なテーマやキャラクターの魅力によって、幅広い世代に愛され続けています。冷戦期に描かれた仮想敵や軍事力の象徴としての航空戦力、そして現代における技術進化や複雑化する国際情勢が、映画を通じてリアルに伝わってきます。特に、主人公マーヴェリックの不屈の精神とシンプルな信念が、混迷する現代社会において強い共感を呼び、映画を世代を超えて楽しめるものにしているのです。

2作目の大成功をウケて、3作目が制作準備に入っているようです。今回は40年という長い年月を隔てるわけでもありません。物語の連続性が活かせることはメリットですが、同時、昔残した宿題の大改修という特別感はありません。今度はトム・クルーズがどんなマーベリックを見せてくれるのか。期待して待つことにしましょう。■