映画「アド・アストラ」は本当に“つまらない”のか?~見方で変わる評価

映画「アド・アストラ」は本当に“つまらない”のか?~見方で変わる評価

芸術の秋。映画も意識が高そうな作品が連日公開されています。その映画の一つが今回取り上げる「アド・アストラ」です。主演がブラッド・ピットというだけで話題を集めているSF映画ですが、その評判は二分されているようです。典型的な感想が次の様なもの。(ヤフーの映画欄ユーザーレビューより)

少なくても今年のNO1外れ作品です。

良い意味でかなり裏切られて大満足。

因みにヤフーでのユーザー評価は、2.86点(5点満点)というギリギリ及第点のレベル。

「本当のところ、この映画ってどうなの?」

この映画を見る前、そして見終わった後もそう思っている人が多いのではないでしょうか。しかし、この映画の評価について、いくら人に聞いても疑問は晴れません。なぜなら、「アド・アストラ」は「どういう視点で見るか」によって全く違う評価になってしまいやすい作品だからです。

今回はその理由を、分かり易くご紹介したいと思いますので、この映画を最終判断する上で参考にしてください。

「あらすじ」のおさらい

本題に入る前に、あらすじを簡単におさらいしておきます。(★ネタばれ注意。既に分かっている人は飛ばしてください)

アメリカの宇宙飛行士のロイ・マクブライド(ブラッド・ピット)は、ある日、20年前の海王星への調査で消息不明となった父で宇宙飛行士のクリフォードの捜索に向かう極秘任務を担うことになる。クロフォードの調査は、地球を危うくしているらしい。

月を経由して火星に到着したロイは、クリフォードがいまだ生存しているらしい海王星に向けてメッセージを送る。2回目の送信に何らかの応答があつたようだが、急遽任務を下ろされてしまう。

しかし、ロイは火星基地の司令官の助けを借りて、海王星へ向かう宇宙船に忍び込む。命令違反のロイに乗組員が襲い掛かるが、不可抗力もあり3人全員が死んでしまう。

約80日間のひとり旅の末、海王星に接近したロイ。調査船を発見して中に入り込むと、クロフォードが一人で調査を続けていた。ロイが地球の帰還するよう父を何とか説得し、二人は船外に出たものの、クロフォードは拒絶して宇宙の果てに消える。

自分の宇宙船に戻ったロイは、調査船に仕掛けた原子爆弾の爆発による衝撃波によって地球へ帰還する。

“ハリウッド的”ではない映画

この映画に対してネガティブな感想を抱いている人は、この映画が「ハリウッド製なのにハリウッド的ではない」ということが大きな要因になっています。

ハリウッド的映画とは何か。その主な条件になっているポイントは2点あります。

  • 明かな「ハッピーエンド」になっていること。
  • 主人公に、明らかな成長や変化があること。

この二つのポイントについて「アド・アストラ」を見てみましょう。

物語は中途半端なハッピーエンドに

物語がハッピーエンドになるためには、物語の初めに「課題」「問題」、または「目標」が無くてはなりません。それに対して主人公(たち)が、格闘や挫折を経て、最後に「解決」「達成」をすれば、ハッピーエンドということになります。

例えば「スターウォーズ」。

主人公ルーク・スカイウォーカーが加わった反乱軍は、ダースベイダーが率いる帝国軍によって殲滅される危機にありました。これを防ぐことが「課題」です。帝国軍が反乱軍にとどめを刺すべく、秘密兵器のデススターからレーザーを発射しようとしますが、反乱軍はルークたちの活躍でそのデススターを破壊することに成功。「課題」は「解決」することになります。

★合わせて読みたい⇒なぜ【スターウォーズ】の最終話に納得がいかないのか?

一方、「アド・アストラ」 には二つの大きな「課題」があります。これが、この映画の評価を複雑にしているのです。

一つ目の「課題」は、表面的な課題です。それは「地球の危機を救うこと」で、その元凶となっているクロフォードの調査を辞めさせること。

ロイはこの課題に対して一見、見事に解決したように見えます。クロフォードは宇宙の果てに消え、調査船は爆破されます。地球は見事、救われたのです。しかし、もう一つの課題、「父親と説得して、一緒に帰還する」という課題は失敗に終わってしまいます。そのため、ハッピーエンドは中途半端になってしまいました。結果、観客は喜んでいいのかどうか、迷ってしまうわけです。

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あいまいな主人公の成長

次のポイントは、物語を通して主人公に明らかな成長や変化が見られるかということです。

ハリウッド映画に限ったことではないのですが、映画では観客が主人公に感情移入するように仕組まれています。その上で、物語を通して主人公に成長や変化があれば、観客は同じ達成感や満足感を得ることができ、感動に結び付くのです。

「スターウォーズ」で主人公のルークは、最初、自分に不満を抱える農家の青年として登場します。ある日、ジェダイ騎士のマスターであるオビワンと出会い、ジェダイの騎士になることを目指します。帝国軍との戦いに参加することで、戦士として成長し、最後はジェダイの騎士のとして反乱軍を救うまでに成長します。

「アド・アストラ」も基本は同じです。同じ宇宙飛行士として尊敬していた父クロフォードの行方不明を機に、自分に閉じこもる様になったロイ。その内向きなゆえに妻とも別れてしまいます。父との再会を目的とした長い旅の間、ロイは自分を見つめて、生きる価値を見出そうとします。

しかし、再会した父は他人を顧みない、無慈悲な人間であることが明らかに。その姿を自分と重ね合わせたロイは、変わることを決心して地球に帰還するわけです。ところが、この一連の過程が、ロイのモノローグで表現されていますが、あまりにも叙情的でした。その分かり難さが、観客の満足度を下げている要因だと言えます。

見方を変えて見てみると…

「アド・アストラはつまならない」とする人がいる一方、「次のアカデミー賞が間違いがない」という映画評論家の声も多く聞かれます。なぜならば、彼らはこの映画をSFという見地で見ていないからです。

それでは、この映画をどいう風に見ているのでしょうか。

彼らは、「自分を見失った主人公が、それを見つけようとする物語」として見ているのです。行方不明になった父親に会うことで、それが見つかると期待を主人公が抱いて出発しているという解釈です。

いわゆる「自分探しの旅」は、舞台が宇宙の必要はありません。父親は人里離れた遠くにいればいいのですから、アマゾンのジャングルでも富士山の樹海でもいいわけです。しかし、宇宙という気の遠くなるような大海原に主人公を一人ポツンと置く方が、彼の存在をより際立たせる効果を発揮することになります。

また、ロイが海王星という未知の目的地に向かっている様が、自問自答しながら自身の奥深くに入っていく様とリンクしているところも、批評家には好みの巧みな対比表現とも言えます。

結局、ロイは父親に会って初めて自分を客観的に見ることができました。その姿とは、「他人のことに思いやりを持てない、自分よがりの頑固者」という酷いもの。ロイはこんな父親を英雄視し、それを手本にしてきたことを“静かに”悟ったわけです。

つまり、ロイには大きな変化が見られるわけですが、それがあまりにも静かに起こるので、分かり易い変化を期待する観客には満足しきれないのです。ただ、分かり難いことが、芸術性を高めているとも言えます。

本当のところは、どうなのか

二つの見方によってこの映画の評価が分かれることを説明してきました。その上で、最後の命題について考えてみましょう。

「この映画は、名作という評価が与えられるのか」

答えは残念ながら、NOと言わざるを得ません。なぜなら、この作品の本当の醍醐味にするべきだった、ロイとクロフォードの絡みがあまりにも淡泊に処理されているからです。

このことを、この映画を紹介する際に引き合いに出された「名作映画」を引用して比較してみたいと思います。

それは、「2001年:宇宙の旅」(1968年=監督:スタンリー・キューブリック)、「地獄の黙示録」(1979年=監督:フランシス・フォード・コッポラ)、「惑星ソラリス」(1972年=監督:アンドレイ・タルコフスキー)です。

これら3本の作品は、誰もが認める名作です。そして3本とも「あるモノ」を求めて、主人公が闇(宇宙やベトナムのジャングル)に敢えて突き進んでいく物語です。それぞれの「モノ」は、モノリスという人工物の謎であり、気がふれたグリーンベレーの司令官であり、そして自分の心を現実化させる惑星の謎です。

そしてこれらの作品では、主人公がモノにたどり着いた時(またはたどり付く過程で)、「モノ」と十分な格闘を展開して、自分探しをするとともに、別次元に行き着くという結末を見せてくれます。

それに比べると「アド・アストラ」は、期待はさせておいて、肩透かしをくらわしたに過ぎないと言えてしまうのです。参考までに、アメリカの雑誌や新聞社の評価点(100点満点)を平均したデータは次の通りです。(metacritic調べ)

  • 「2001年:宇宙の旅」 82点 (高尚すぎるため若干低め)
  • 「地獄の黙示録」94点
  • 「惑星ソラリス」90点
  • 「アド・アストラ」80点

この映画、友人にどう薦める?

以上「アド・アストラ」をどう見るかについてご紹介しました。もし、友人にこの映画を進めるかどうかを聞かれたら、以下のように答えるのはどうでしょうか。

「ワクワクするSF映画を期待するなら見ない方がいいけど、宇宙を舞台にした父を失った息子の葛藤ドラマを見たいならどうぞ!」

これにもう1点加えるなら、主演したブラッド・ピットの演技です。彼の演技がいつも以上にキーとなるこの作品で、味わい深い演技を披露しています。アカデミー賞でのノミネートが濃厚と言えるでしょう。■