なぜ【なつぞら】は【いだてん】より面白いのか?~両ドラマの決定的違い

なぜ【なつぞら】は【いだてん】より面白いのか?~両ドラマの決定的違い

全体的に低調気味の2019年4月期のテレビドラマ。そのなかで、NHKの朝の連続ドラマ「なつぞら」の人気(視聴率20%台)が際立っています。その一方で、NHKのもう一つの看板ドラマ、大河ドラマは相変わらずの苦戦気味(視聴率一桁)のようです。そこで…

「なぜ2つのNHKドラマの成績に大差がついているのか?」。その原因に迫ってみようと思います。

朝ドラと大河の差、約15%に!

朝ドラの「なつぞら」は、4月1日、初回の視聴率(関東)22.8%でスタート。その後順調に推移して、4月14日には最高となる23.4%を記録。近々の5月9日は21.7%となっています。近年の朝ドラが平均視聴率で軒並み20%なので特別なことではないのですが、民放中心に新作ドラマが軒並み調子が悪いため、その好調さが際立って見えますね。

一方、来年の東京オリンピックを盛り上げるために企画されたとも言える「いだてん~東京オリムピック噺」。第6回で、視聴率が屈辱の一桁台(9.9%)に突入。(その理由については、別の記事で紹介しましたのでご覧ください)

なぜ視聴率が悪いの?~大河ドラマ【いだてん】が抱える本当の弱点

その後も低迷から挽回できず、第16回には大河ドラマ史上最低となる7.1%を記録してしまいました。通常のドラマとはけた違いの予算をかけての7%。民放だったらも文句なしに「打ち切り」が決定される数字です。

朝ドラと大河ドラマの視聴率の差は何と約15%。この差は一体何なのか、両ドラマを比較しながら、その原因を探っていきたいと思います。

無名の主人公に大事なのは、親近感

ドラマで大切なことの一つに、「主人公にどれだけ親近感を持たせられるか」ということがあります。

主人公設定のスタート時点では、「なつぞら」と「いだてん」は、ほぼイーブンだと言えます。

「なつぞら」の主人公・奥村なつ。モデルとされているのは、アニメーターの奥山玲子さん(1936~2007)と言われていますが、熱烈なアニメファン以外の人にとっては無名の人物です。一方、「いだてん」の主人公・金栗四三(1891~1983)は、日本最初のオリンピック選手という歴史に名を残している方ですが、一般での知名度はそんなに高くはありません

ほぼ無名に近い主人公への「親近感」の有無は、脚本家の創作に寄ることになります。「親近感」につながるカギとは何でしょう、それは視聴者が共感できて、感情入ができる「人間味」です。その点、二人の主人公はどうでしょうか。

“応援したい”と“甘ちゃん”

「なつぞら」の主人公・なつは、一見何の面白味のない、“超良い人キャラクター”です。彼女の性格は、正に善良そのもの。視聴者は普通、こういう主人公には、出来すぎた人間に対する「嫌悪感」を持ったりするものです。

しかし、なつには「戦争孤児」という“不幸な境遇”があるために、優等生キャラが逆の効果として働いているのです。つまり、視聴者を「悲惨な生い立ちなのに、グレることなく、他人の家でよく頑張っている」と思わせ、「けなげだ。彼女を応援したい」という気持ちにさせます。つまり、なつに深い人間味を感じているわけです。

一方、「いだてん」の金栗はどうでしょうか。彼の家は田舎の農家で、日本初のオリンピックを目指す純粋無垢な若者。しかし、なつのように「戦争孤児」というような決定的な「不幸」はありません。さらに、オリンピックに出場するまで、子供のころの病弱さ以外は、大きな障害はほとんどありませんでした。

当時は困難だった上京も、簡単に家族の同意が取れ、資金も家族が工面してくれました。上京してからは、困難も無くいきなり世界記録を出し、オリンピック出場が一発決定。高額な出場経費も家族と仲間が工面。出場への段取りは、校長や取り巻きが手取り足取りお世話、といった感じです。

オリンピックでの出場を前に、金栗はプレッシャーで思い悩みますが、基本的に境遇にあまりにも恵まれているので、視聴者には「甘ちゃん」にしか見えず、ほとんど共感は得られません。そして、あの意味不明な“狂気の叫び声”で、視聴者は完全に引いてしまうわけです。

ライバルは主人公を引き立てる

主人公の設定もさることながら、主人公の取り巻きがドラマの面白さを決める大きな要因となります。 その中でも、特にライバルの存在が、主人公をより引き立てるために重要になります

「なつぞら」(北海道編)でなつの一番のライバルは、実は草刈正雄さんが演じる柴田泰樹です。なつにとって泰樹は、自分が目指す人間像であり、彼のようになるために戦っているのです。

ライバルは互いに刺激を受けながら成長していくことが大切。なつは泰樹から、「自分で道を切り開く力強さを学び」、泰樹はなつから「相手のことを思いやる大切さ」を学んでいます。この二人の成長を見守る視聴者は、主人公のなつへの思いをさらに深くするのです。

北海道編には泰樹の他に、同年齢のライバルが複数います。なつの同級生の小畑雪次郎、柴田家の長女・多見子などです。東京編でも、職場で新たなライバルが用意されているようです。

一方、「いだてん」の金栗のライバルはどうでしょう。ライバルらしい人物は、金栗と共にオリンピックに出場した三島弥彦ぐらいです。しかし、二人の純粋な絡みはオリンピック期間中の3話ぐらいにとどまり、主人公の人間味を深めるまでは至りませんでした。

金栗と絡みがある人物は、他にも様々登場します。しかし、彼と深く関り、互いに影響を与え、成長するキャラクターは見当りません。記録がはっきりと残っている人物が多いため、勝手に作り込めない事情があるかもしれませんが。

ドラマのカンフル剤は、やはり“恋”

主人公への親近感を持たせる方法に、主人公に「恋」をさせる方法があります。恋は誰でも経験のある「出来事」なので、感情移入がしやすいというわけですね。

この点でも「なつぞら」の方が巧妙です。なつは自分の恋にあまり気付いていたにようですが、彼女に恋する男たちが大忙しです。

なつが世話になっている柴田家の長男・照男、開拓の山田家の次男・天陽の二人がなつをめぐって激突。なつも鈍感でいられなくなりました。この二人に参戦しそうなのが、東京にいる幼馴染の佐々岡信哉と山田家の長男・陽平です。「なつは誰を恋の相手に選ぶのか」。視聴者はなつの恋の成り行きを、自分のことのように見ているのです。

「いだてん」の方は、主人公が恋にまったく無関心な男として描かれている点が、大きなマイナスです。

ドラマが始まった頃、恋の気配があった池部スヤ(綾瀬はるか)との関係も、視聴者を裏切って発展することなく、彼女が他の男性と結婚して終了。そのあとは、スヤに多少未練を見せながらも、色気がない金栗の走る姿ばかり見せられたあげく、オリンピックでは途中棄権。故郷に帰郷すると、いきなり未亡人になっていたスヤとお見合い⇒結婚⇒別居とスピーディーに展開。結局、金栗の恋は全く描かれませんでした。

そんな「いだてん」でも、一瞬、希望の光が見えました。

近々の第17回「いつも2人で」では、リベンジするはずだったベルリン五輪の中止で落ち込む金栗のところへスヤが合流。夫婦の心の交流が、丁寧に描かれたのです。しかし、それもつかの間。再びいろいろな事件や志ん生の話が幅を利かせる気配となってしまいました。金栗夫婦の関係も、この回以上、深く取り上げることはないかもしれません。

第二の主人公に翻弄される「いだてん」

東京編でさらに盛り上がりが予想される「なつぞら」。戦後戦で主人公が東京五輪の立役者に引き継がれる「いだてん」。今後、2つのドラマの差は、広がることがあっても縮まることはないと思われます。

その大きな理由は、「いだてん」には別の主人公がいるからです。

その人物とは、志ん生(森山未來、ビートたけし)です。いまや志ん生の「主人公度」が、金栗を凌ぐほどになっています。もともと脚本の宮藤さんが描きたかったのは「志ん生の物語」であったとも言われ、それがいよいよ表に出てきたということでしょうか。

戦前編が終われば、第3の主人公・田畑政治(阿部サダヲ)が登場します。どう想像しても、志ん生には人間味で勝てそうにない。「いだてん」の行く末がますます心配です。■