【いだてん】はカルト作品へ~【なつぞら】との決定的な違いとは
NHKドラマの2大看板、大河ドラマ「いだてん~東京オリンピック噺」と朝ドラ「なつぞら」。2作品の視聴率の差が10%以上開いた状態が続いています。そして、「いだてん」は、8月11日の放送で遂に5.9%を記録してしまいました。(大河ドラマ記録更新!)
「同じ局のドラマが、どうしてここまで視聴率の差が広まったのか」
その理由は、「いだてん」が大河ドラマの基本から離れ、果敢な挑戦を試みていることにあります。今回はその辺りの核心を、ドラマの優等生「なつぞら」との比較も交えながら、ズバッと解き明かしてみましょう。
「いだてん」が背負った役目
「いだてん」が不調になってしまった根本的な原因の一つは、今年の大河ドラマをオリンピックの宣伝作品にしようとしたNHKの思惑です。
オリンピックを来年に控え、NHKはそのメインブロードキャスターとして「なんとか盛り上げなければ」という責務に駆られています。そこで、
「大河ドラマを利用すれば、1年間続けて宣伝していくことができる」
と考えたものと思われます。しかし、それは大河ドラマを毎年見ているお得意様にとって大変迷惑なことです。
NHKが何十年も費やして育ててきた大河ファンには特徴があります。それは、「時代劇を好む」ということです。しかし、オリンピックという大前提があったため、
「いだてん」は、近現代を舞台とせざるを得なかったのです。
大河ドラマでは、「近現代を舞台にすると視聴率が取れない」というジンクスがあります。これまで放送された大河ドラマは58作品。その中で「いだてん」と同じように近代を舞台にした作品は3作品。「二つの祖国」(1984年)、「春の波涛」(1985年)、「いのち」(1985年)で、『近代大河3部作』として放送されました。
「いのち」こそ平均視聴率が29.3%という当時としても合格点を記録しました。これは実力ナンバー1の女流脚本家、橋田寿賀子さんを起用したからだと思われます。さらに彼女は民放で高視聴率を続けていた自作の家族ドラマのキャストをそのまま持ってくるという離れ業を使いました。
後の2作品、日系アメリカ人の数奇な運命を描いた「山河燃ゆ」(21.1%)と女優第1号の生涯を描いた「春の波涛」(18.2%)は、当時としては失敗作と言われています。
「いだてん」も、明治から昭和に至る近代を舞台にしており、これが放送前からマイナス要因になったのです。橋田寿賀子さんの「いのち」のように、脚本の宮藤勘九郎さんも、自身の成功作、朝ドラ「あまちゃん」のキャストから数人起用してはいるのですが、あまり効果がなかったようです。(主役の能年怜奈さん不在が残念でした)
「なつぞら」は基本に忠実、「いだてん」は?
一方、朝ドラ100作目の作品となった「なつぞら」。こちらは「いだてん」とは打って変わって今まで培った鉄則を厳守し、視聴率約20%の安全運転を続けています。主人公はアニメーターという特殊な職業ですが、今では若者にとっては憧れの職業ですし、中高年にとっては良き昔のアニメ時代に思いを馳せることができるようです。また、
「なつぞら」が安定しているのは、ドラマの基本中の基本を押さえています。
見やすいドラマの条件は、「主人公を物語の中心に据えること」です。どんなに複雑な物語でも、性格や事情をしっかり設定した主人公を物語の中心に置いていれば、視聴者は彼(彼女)の視点でドラマが見られるわけです。つまり、主人公と視聴者の一体化です。
その点、「なつぞら」では、奥村なつという女性が物語のスタートからずっと中心にいて、一切ぶれません。舞台が十勝から新宿に移動しようと、様々な人物が登場してきてもそれは変わりません。
一方、「いだてん」では、主人公がぶれまくっています。
「いだてん」の主人公はいったい誰でしょう。タイトルにもなっている歴史的ランナー、金栗四三が主人公かと思いきや、ドラマのスタート時はしばらく加納治五郎が物語の中心に鎮座します。その後、次第に金栗が主人公らしくなってくると、今度は狂言回し役の古今亭志ん生が、第三の主人公として幅を利かせてきます。そして後半。第四の主人公としてアスリートでもない田畑政治が物語を支配してしまいます。これでは、視聴者は視点を定めて、物語を追うことが出来ません。
さらにマイナスなのが、主人公の一人、古今亭志ん生が破壊的な生き方をしていることです。オリンピックをめぐる登場人物が前向きになる話が展開しているのに、それに水を差すような志ん生の刹那な生きざまを見せられては、視聴者の気持ちも荒んでしまいます。(「いだてん」のさらなる解説は、下記の記事をご覧ください)
なぜ視聴率が悪いの?~大河ドラマ【いだてん】が抱える本当の弱点
軌道修正が効かない大河ドラマ
放送開始からすぐ、低空飛行に入った「いだてん」。早急に手当てをして、少しでも“数字”を上げたかったところですが、それが出来ない大河ドラマの事情があります。それは、
大河ドラマが大規模な体制で製作されるからです。
大河ドラマは、日本の中で一番予算が大きい連続ドラマです。製作費は1話だけでも6000万円~1億円ぐらいとも言われています。それが1年およそ50話。合計30~50億円の製作費を投入して作られるわけです。
その大金を使って作られる大河ドラマは、時代考証、セットや衣装の製作にも時間が掛かる時代ドラマです。 企画から考えると最低3年ぐらい前から準備が始めなければなりません。そして撮影。「いだてん」の場合、8か月前の2018年4月からスタートしたそうです。
このような事情が、視聴率回復のための手立てを妨げているのです。
なぜなら、放送がスタートしたころには、ずいぶん先の放送回の撮影が行われているからです。
「いだてん」は第6回で視聴率が一桁に転落して、「何らかの路線変更がされるのでは」とメディアでニュースになりました。もし「いだてん」が民放の連続ドラマだったら、放送の2週間前ぐらいに次の回の撮影をしているため、脚本をマイナーチェンジするぐらいのことは可能です。
しかし、大河ドラマの場合、放送より半年近く早く撮影が終えているのです。「いだてん」の場合ですと、放送がスタートころには早くも8月放送のシーンを撮影していたと言われます。たとえそこで路線変更しても、効果が出るのは半年以上後になり、まったく意味がないのです。
またNHKがスポンサーを抱えていないことも、簡単に路線変更しない理由です。民放の場合、ドラマが急遽路線変更を決めたり、打ち切りになるときは、概して提供スポンサーの意向を受けた営業からの要請による場合が多いのです。
「いだてん」は、“カルト作品”まっしぐら
視聴率が一桁を続けているのに、ここにきてネットを中心に「いだてん」を支持する人たちの声が上がりはじめました。それは「いだてん」が、失敗作という評価を乗り越えて、カルト作品と認識され始めた証拠と言えます。
カルト作品とは、熱狂的なファンによる小グループによって支持される作品。「いだてん」は、そのエッジの利いた独特なスタイルによって確固たる存在になりつつあるということです。
テンポ重視の<セリフ回し>と目まぐるしい<場面展開>が特徴の宮藤スタイル。2013年の朝ドラ「あまちゃん」で効果的に発揮されると、多くの視聴者に受け入れられ、熱狂的なファンも生み出しました。宮藤さんは、そのスタイルを今回の「いだてん」でさらにグレードアップさせようとしたと思われます。
「いだてん」では、<セリフ回し>と<場面展開>に加え、<複数の主人公>、さらに<2つの時代>という4つの要素が、巧みに構成されています。それはまるで「映像と音声のタペストリー」とも言えるもので、
芸術の境地に入っていると言っても過言ではありません。
そのスタイルは、ある種、演劇的なムードを漂わせています。それは、宮藤さんが演劇の脚本・演出を多く担当したことと無関係ではないでしょう。
しかし、独自のスタイルを貫くために犠牲になっていることも少なくありません。すでに主人公が複数存在することは紹介しましたが、それに加えて登場人物自体が淡泊になっていることがあります。
あまり人物に情緒を持たせると、しっとりする場面が必要になってくるため、前後のテンポに合わせられなくなるのです。それを避けるために、主人公であっても心の描き方が、あえて薄っぺらになっているのだと思われます。
例えば、金栗のオリンピックや走ることに固執する姿は描けても、妻のスヤとの心の交流は視聴者を納得させるレベルまで描けていません。また、水泳チームを金メダルへと急き立てる田畑に、生身の人間性がどれだけ感じられるでしょうか。
「人物をじっくり描く」という大河ドラマの常道を逸脱している「いだてん」ですが、NHKのスタッフは宮藤イズムを全面的に支援して、それをうまく具現化し続けているようです。さらに、「走りはじめたら止めらない」大河ドラマであるからこそ、宮藤さんが歴史に残る壮大な実験を継続できるとも言えます。
「いだてん」の芸術的な側面を理解できる視聴者にとって、これほど幸せな機会はありません。普通ならば、2時間のスペシャルドラマでしか見られないのに、毎週1年間、50話にわたって存分に楽しめるのですから。
このまま突っ走る「いだてん」
8月23日、「いだてん」に加わる新しいキャストが発表になりました。東京五輪で金メダルを取る女子バレーボールのキャプテン役の安藤サクラさん、そして主人公の田畑政治と対立する政治家役の浅野忠信さんです。
しかし、残念ながら(というか)「いだてん」の視聴率が、再び二桁に戻る可能性はほとんどないでしょう。それどころか、今後、視聴率が5%を割ることがあるかもしれません。(実際、10月13日に3.7%を記録)
それでも「いだてん」は走ることを止めることはないでしょう。このままのペースでゴールを走り切った暁には、日本ドラマ史上に残る“奇作”として歴史にその名を刻むことになるのです。■
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